North, South, East and West ーあたまの中を旅しよう。

  1. ART

グスタフ・クリムト


「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」1907

「黄金の時代」の傑作のひとつで、
エジプトや日本の装飾様式が
見事な効果を生み出している。

モデルはクリムトの

恋人のひとりだったと言われ、
ユディトにはその面影に通じるものがある。

生涯の恋人として愛情を注いだのが、当時の社会では新進的な女性ブティック経営者のエミーリエ。彼女は夭折した弟・エルンストの妻の妹だった。他の女性や絵のモデルたちとの関係も多く、未婚のまま少なくとも14人以上の子供がいたというクリムトだが、エミーリエとは必ず夏にアッター湖畔でのんびりと過ごし、自由な関係を保ちながらも、互いに強く信頼しあっていたことをうかがわせる。

このエミーリエとの避暑を過ごしたアッター湖畔を描いた彼の風景画は、それ以外の作品とは全くもって異なる趣を見せる。豪奢な代表作の印象からは想像できないほど、素朴で温かな人間味をのぞかせる。

多くの恋人たちとは異なり、エミーリエとはむしろプラトニックであったと言われるが、溶け入るように穏やかな時間を描いたこれらの風景画は、どこかあやうさを潜めたあのきらびやかなエロスではなく、完全に一体となった ”心の安息”を表したものなのだろう。

湖畔で安らぎに満ちた日々を過ごしたクリムトは、ひとたび家に戻ると、驚くほど精力的に創作意欲を燃やしたという。


「ユディトI」1901

”いまだ恍惚の……(中略)
憂国の烈女の面影はない。(中略)
男たちはここでは、

自分もやがては老醜の身を
さらすことなど思いもしない
傲慢な、しかし抗いがたい魅力を秘めた
女の戦利品にすぎないのである”


(「クリムト:世紀末の美」より)

ユディトは敵将の寝首をかく、
伝説のファム・ファタル。
手に抱いているのはその生首。

紅潮した頬は、最大の目的を遂げた
陶酔感のあらわれだろうか。
首から肩へと彩られた黄金の装飾は
恍惚の世界へと磔けにする、甘美な鎖。



クリムトの描く女性は、その輪郭線の内に秘めた体温を、決してあらわにすることがない。水分に満たされた柔肌から透ける血液は青く、ときに緑がかって発光し、肌の表層は赤や薄紅のヴェールに包み込まれている。もし触れたなら、はじめは驚くほどひんやりと、けれど時間とともに確かな温もりが伝わってくるのだろうと、想像せずにいられない。


水蛇Ⅱ」1904-07

血管が透けて見えそうな透明な肌、
滑らかな隆起を想像させる肋骨の陰影。

レズビアンがモチーフとされる作品。
隠し切れずにあふれ出る豊かな情感は、

永遠に女性だけのものなのかもしれない。

肖像画では対象の人物に適した、鮮やかな多色使いをすることもあった。その際しばしば、ジャポニズムをはじめとして、海外の色彩や表現様式を用いている。分離派は国内での新たな芸術表現の先鋭であるだけでなく、国外の芸術を積極的に取り入れ、広める役目も果たしていたのだ。よそゆきのかしこまった肖像画にとどまらない、多くの女性のポートレートを残している。


オイゲーニア・プリマヴェージの肖像」
1913年頃

ここでも装飾的な背景が
色鮮やかに用いられており、
具象未満の色形の配置が
モチーフの人となりを明瞭に語る。

彼の描く女性の肌は
男性のそれとはまるで異なり、
視線は常に深遠で謎めいていて、


クリムトにとって女とは
永遠に解き明かせない、
どこまでも魅了される存在だった。


反体制を畏れずに活動したクリムトだが、彼自身は生きているうちから才能を認められた幸福な画家のひとりだったろう。階級の高い人々との交友、経済的に恵まれていた環境は、彼の作品に豊かさのエッセンスを加えている。


「音楽Ⅰ」1895

爪弾く音色に奏者は耳を傾け、
楽器は彼女の心の増幅器となる。


流れ出る響きは星となり花となり、
空気を震わせながら
聞き手の心に流れ込む。


彼の絵を語るとき、「エロス」という言葉が必ずといっていいほどついてまわる。甘美で妖艶な色彩に表情、多用されたファム・ファタル(宿命の女)のテーマ、生々しい人間の肌……確かに「エロス」は、エッセンスを凝縮した言葉かもしれない。しかしその言葉が与える印象だけでは、クリムトの描いた世界を充分に味わい尽くすことはできないだろう。

「生」と「死」の輪廻、そして「愛」。父と弟を早くに亡くし、生涯にわたりうつ病の母と姉と一緒に暮らしたクリムトにとって、常にそれらは隣り合わせに絡み合って存在していた。


「希望Ⅱ」1907-08

うつむいた女性が、あらたな命の誕生を祈る。
当時のタブーであった妊婦を描き、
頭の向こうに後光のような
ものを配置している。

膨らんだ腹の向こうには髑髏だろうか、
「生」と「死」は、いつも隣り合わせに在る。

卑しい職業とされたモデルたちにも、友人と同じように接していたというクリムト。余計なことは口にせず寡黙な、それでいてひとたび制作に入るととてつもなくエネルギッシュであったというクリムト。恍惚の表情やなげかける視線には、人間を、とりわけ愛し生産しつづける女性の”豊かさ”を、敬愛してやまない画家の繊細で温かい眼差しが感じられるのである。

参考文献:グスタフ・クリムト(TASCHEN)
クリムト・世紀末の美(講談社文庫)

  

1

2

ARTの最近記事

  1. ”無駄なく力を使える人”のホロスコープ

  2. 1度で3回、旅とオペ。

  3. 清算年の仕分け!ラクサスとボクササイズの行方。

  4. クロード・モネ

  5. 行きつく先はセルフジェル

こちらもオススメ

MONTHLY