すべては、自然が書いた偉大な書物を学ぶことからだ。
人間が造る物は、既にその偉大な書物の中にある。
美しい形は構造的に安定しているのだ。
Antoni Gaudi(1852-1926)
喧噪のバルセロナ市街から離れ、無人の最寄駅からてくてくのどかな並木道を歩いていくと、そこにはひっそりとコロニア・グエルが佇んでいる。ここはグエル伯が、繊維工場を田舎に移転し作った労働者の居住区で、その中の教会の地下聖堂部分が、ガウディ未完の傑作とされるクリプタ(地下聖堂)である。
10年にも及ぶ懸垂実験ののち着工された教会は、ほとんどガウディと数人の職人による手作業で造られ、そのため時間がかかり地上部分は手を付けないままに終わり、地下部分のみが完成された。
特徴的なカラフルなモザイクタイルの入り口をくぐると、母の胎内のような、絶対の安定感を与えてくれる空間に呑み込まれる。天井は何か大きな生物の、体を支える骨格と脚にも思えるカーブで覆われている。複雑ながら美を感じさせる造形は自然界でもよく見られるが、そんな見慣れたはずのカーブが建築の構造として用いられるのは、当時としては異例だった。
着工まで10年という長い期間を待ち続けた懐の広いパトロンのグエル伯。彼の後押しがなかったら、ガウディもこんなに後世に残る作品を造れなかったかもしれない。歴史に残る傑作は、得てしてそのように生まれるものかもしれない。
市内に戻り、目抜きのグラシア通りを南下してゆく。両側にはブランドショップやモデルニスモ建築が立ち並び、カサ・ミラ(ラ・ペドレラ)を眺めたあとは、ガウディの独創性が炸裂するカサ・バトリョ。この建物は個人の所有で、私財で管理がまかなわれている。
140年前から保存された歴史を感じる邸内は、エントランスから煙突の先まで、縦横無尽にガウディの目や手や心を感じる細工で、みっちりと埋め尽くされている。オーディオガイドを聞いていると、そんなガウディの傑作を愛する、人々の愛情がつぶさに伝わってくる。
いつまでも飽きのこない工夫と創造性。複雑な色と形は、天気や時刻によって、まったく別の顔を見せてくれるのもまた魅力である。バルセロナ市内には、こんなガウディの作品があちこちに点在し、人々を楽しませている。
使用人階の入口は、サンタテレサ学院廊下(ガウディ作)を模したパラボラアーチの連続による光のカーテン。通り抜けるだけで体内を漱がれるような感覚を味わう。
邸内には、機能性と美を同時に実現する工夫が多く見られる。パワフルな独創性だけでなく、こんな静謐な空間が同居するのも、やはりガウディならでは。